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2006年7月21日 (金)

聴覚障害学生援助の試み(11)

 学生Nに関わる点の続きである。
 Nは極めて熱心な学生で、こんな学生ばかりならどんなに授業がやりやすいだろうといつも思っていた。私はテキストを自分で書き、当時は印刷してほぼ実費で販売していた。そのテキストを読んでくることを求めていたのだが、実際に読んできている学生はそんなにはいなかったと思われる。しかし、Nは常に読んできていて、授業中に発言する内容をあらかじめ書いてくることが多かった。もっとも、自分では授業の進行を十分に把握していないので、ときにはあまり適切でないときに自分の意見を発表することもあったが、それでもみんなしっかりと聞いていたと思う。もちろん自分で読むことはできないので、ノートテイカーが代読した。
 さて、そういうときに苦労して、結局実現できなかったことがある。それはビデオをみせるときに、予めビデオで流れる声を字幕にできないうかということだった。ビデオをダビングしながら、字幕を入れる機械はあるようだったが、それは非常に高価で、使うことはできないと思った。
 コンピューターに録画することは可能だから、ビデオ編集ソフトで、簡単に字幕を入れられるものを探すと、これが非常に困難だった。
 2000年当時はまだパソコン用のビデオ編集ソフトはまだまだ貧弱で、ほとんどが長さ制限があった。短いものは5分程度しかファイル化できない。ファイルをつなげながら録画する方式で、長時間可能なものもあったが、それは字幕を入れることが非常にやっかいだった。
 両方できるソフトがアドビのものだったが、ビデオカードに対する制限が強く、当時使用していたパソコンではうまく動かなかった。つまり、一長一短ありで、結局字幕をうまくいれらるのは当時はなかったのである。今はあるのだろうか。
 この場合字幕を入れるというのは、最初にビデオでながれる声をすべてテキスト化しておき、それをどんどん場面場面にいれていくことができる方式でなければならない。当時はそれを簡単にできるソフトはなかった。だから、それはあきらめざるをえなかった。
 研究費がたっぷりあるわけでもなく、いろいろなソフトを試してみるというのも難しいし、これができればずいぶん援助ができるのに、ということはたくさんあるのだが。

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2006年7月20日 (木)

聴覚障害学生援助の試み(10)

 ディベートをすることになり、とりあえず、学生たちのを発言を私がパソコンで打ち込み、彼の発言は自分でパソコンに打ち込み、みんながそれを読むという形にすることは決めた。しかし、実際にどのようにパソコンを接続し、どのようなソフトでやるかは、考えなければいけない。
 まずarvelのUSBファイル交換ケーブルというのを使い、相手方のファイルを読む形で、チャット形式ができるのではないかと考え、やってみた。しかし、これはあくまでも相手のファイルを読むもので、ディスプレイに表示されている内容をリアルタイムで読みあうことができるわけではないことがわかり、やめることにした。もっとも、やり方がわからなかっただけで、本当はできるかも知れない。
 その後、サーバーを通したチャット形式を試してみることにして、いくか無料のソフトをダウンロードし、やってみたが、結局、intrachat というフリーソフトを使うことにした。ひとつのパソコンをサーバーとして立ち上げると、クライアントはインターネット・エクスプローラでチャットに参加できるという手軽なソフトなので、これを使うことにした。
 事前に彼と練習するために、研究室にきてもらい、60分ほど相互にこのソフトを使用して、ソフトにも慣れた。
 それで本番を迎えた。

Debate1

 パソコン構成は、チャットのサーバーとして使用するパソコン、彼が使うパソコン、そして、私のもの。私のには、親指シフトキーボートk611が接続されている。そして、私のパソコンから教室のスクリーンにつながれて、私のパソコンと同じ内容がスクリーンに映し出される仕組みになっている。
 今回は音声認識ソフトはまったく使用せず、とにかくすべてキーボードからの打ち込みで処理した。
 結果は、たぶんディベートがきちんと成立したということになるだろうか。彼自身もキーボードを打って発言したし、また、他の学生たちの発言は、私は打ち込んでディスプレイに表示したり、スクリーンで見ることができたので、内容は理解したはずだ。

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2006年7月16日 (日)

聴覚障害学生援助の試み(9)

 私が初めて聴覚障害の学生を教えることになったのは、初めて大学で講義をすることになった非常勤講師のときだった。最初はまったくそのことに気づかず、おかしな集団がいるなと思い、よほど注意しようかと思ったほどだった。つまり、手話の学生がふたり、教卓に背をむけてなにやら仕種をしているから、授業をまじめに聞いていないのかと思ったのだった。
 しかし、なんといっても大学で教える初めてのことだったので、とりあえず様子をみていた。そして、授業を終わったときに、彼らがやってきて、事情を説明し、更にFMマイクを使用してくれないかと要望をいわれた。まったく聞こえないわけではなく、特別のマイクを通して補聴器で聞くとかなり理解できるのだそうだ。それで私は次回から、通常の講義用のマイクとFMマイクをふたつもって講義をすることになった。そのこと自体はたいしたことではなかった。
 彼らの説明によると、聴覚障害の学生の授業にはすべて二人ずつの手話通訳をつけているということだった。今から考えるとかなりレベルの高い手話サークルだったようだ。
 結局一年間そういう具合に講義が続いた。

 それから現在の大学に就職したが、2000年に聴覚障害の学生が入学するまで、まったくそうしたことはなかった。その学生をNとしておこう。実はNが入学試験を受けるときに、その旨が当該学科には知らされていたのだが、合格後そのことを教員たちは忘れてしまっていた。そのために、授業体制を考えることがまったくなく時間が過ぎてしまい、私自身に関していうと、最初の授業が終わったときに、Nがやってきて、聴覚障害であることを知らせる一枚の紙を差し出したときに、初めてそのことを知った。
 すっかり驚いた私は、最初の非常勤のことがあったので、すぐに手話サークルに向かった。サークルの学生たちは部室にいたので、すこし話をすることができた。彼らははっきりとではないが、聴覚障害の学生がいることを知っていたようだ。しかし、そのためにそのサークルが何かやるというようにはなっていなかった。そこで、私は彼らに対応を考えてほしいと伝え、それから学生課に向かった。もちろん学生課では事態をつかんでいたし、どうしようか考えていたので、とにかく手話対応をしてほしいと伝えた。
 もちろん、すぐに有効な対応ができるなどということは考えられないので、とりあえず自分の授業をどうしようかと考えたが、自分でできることはほとんどないわけだ。
 次の授業前に、学生課から連絡があって、手話通訳はその時点でのサークルの状況では無理であること、そのためにノートテイクの方向でいくということが伝えられた。
 実は、それですぐにノートテイクの学生がくると思ってしまって、次の授業にNの隣に座っている学生がそうなのだと勘違いしてしまった。たぶんその学生はびっくりしたろうが、とてもよくノートテイクをやってくれた。その後もその学生が2、3回やってくれたので、今から考えると悪いことをしたものだ。まったくノートテイカーではなかったのだから。
 私の方ではノートテイクがどの程度正確なものであるか、確信がなかったので、とりあえず自分で録音をとって、事後に起こして印刷したものをNに渡すことにして、ノートテイクをしてくれた学生にも渡した。お礼のつもりだったのだが、やがて、特定の学生に渡すよりも、どうせならみんなに渡したら、授業の理解を深めるのに役にたつのではないかと思い、ホームページに掲載することにしたのである。もっとも、それは学内の非公開のホームページに掲載したので一般公開ではなかった。結局Nに関しては、私の授業をとっている限りずっと録音と起こしを続けることになった。1年秋学期からは公開のホームページに掲載してある。
 しかしなんといってもこの方法は、非常に手間がかかるし、誰もがやれることではない。一度自分で起こすのは大変なので、学生のボランティアを募ったところ、やってくれる人はけっこういた。そして、一度頼んだのだが、2週間ほどたってやってもってきてくれた。もちろん学生は忙しいのだし、なかなか時間がとれないなかよくやってくれたのだが、次の授業前に掲載できなければあまり意味がないので、やはり自分でやるしかないと考えた。他人の話をおこすのは非常に手間がかかるものだ。私がやる場合、自分のだから何をいったかはあまり明瞭に聞こえなくても判断できるし、余計な部分はどんどん省いてしまうことができるから、かなりの速さでできるので、やはり、学生がというより、他人がやるのは大変だと考えなおした。

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2006年7月 2日 (日)

聴覚障害学生援助の試み(8)

 前回の報告からずいぶんと日がたってしまった。この間も授業では音声認識ソフトを使用していた。しかし、前回の報告通り、パワーポイントをもっと充実させて、音声認識ソフトに頼るのではなく、パワーポイントに授業の内容を多く予め詰め込むようなやり方でやってみた。
 結果としては、授業をより理解するという点から見ると、成功だった。とにかく、音声認識の文字、ただし誤認識だらけの画面をみているよりは、ずっと分かりやすいし、また、目にもいいという。そういう意味では、授業が分かりやすくなったとはいえ、当初の試みは次第に失敗しつつあるという感じになりつつあり、少々がっかりしている。当日はこんな感じでやっていた。

Onsei2  ノートパソコンが2台あるが、1台は音声認識、1台がパワーポイント用である。
 では、パワーポイントを使用すれば、それでわかりやすく、万々歳というかというと、やはりやる側としては、それでよいという感じにはならない。前にも書いたように、実際に予め話すことを決めておくわけだから、臨機応変の、つまりアドリブ的な要素がなくなっていくわけだ。理系の系統的な知識を学んでいくような講義ならば別だろうが、社会に関する授業では、やはり、学生の意見を引き出したり、また、それから議論したりする余地をたくさんとりたい。つまり、授業の展開があるようにしたいのだが、パワーポイントを使用すると、その部分がどうしても少なくなってしまう。整然と授業が進むかわりに、自由さが減少してしまうわけだ。そういう意味では、音声認識がうまくいくことが大切だという思いはなくなっていない。
 ドラゴンスピーチの関わる仕事をしている人なのか、ドラゴンスピーチについてのブログを見つけたので、いろいろと読んでみたのだが、やはり、自由な話の中で展開するような「音声」はどうしても認識率が著しく落ちるようだ。コンピュータという機械の性質上、仕方ないのかも知れない。

 さて、こうしたこととまた別に、最後の授業でディベートをやることにしている。彼ももちろん参加する。今度は、パワーポイントはまったく使えない。学生同士の議論だから、私の音声認識もまた使用できない。学生間の議論と彼の発言をどのように使うのか。
 今のところ、学生の発言の提示のスピードという点で、私がタイプして、画面に示し、彼が発言するときには、自分でタイプするという方式を予定している。私は親指シフトを使用しているので、かなり高速にタイプすることができるので、たぶん、学生の発言を彼が追うことは、かなりできるのではないかと考えている。しかし、他の人が発言しないタイミングを見計らって、自分でタイプすることで発言することは、どこまでうまくいくかはわからない。これがうまくいったら、ゼミなどの問題をある程度解決することができると考えている。大学の授業は講義だけではないわけだから、このような試みも必要だろう。 今度彼と事前の練習として、ノートパソコンをつないで、ふたりの会話をすることにしている。それが済んだらまた報告する予定だ。

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