聴覚障害学生援助の試み(9)
私が初めて聴覚障害の学生を教えることになったのは、初めて大学で講義をすることになった非常勤講師のときだった。最初はまったくそのことに気づかず、おかしな集団がいるなと思い、よほど注意しようかと思ったほどだった。つまり、手話の学生がふたり、教卓に背をむけてなにやら仕種をしているから、授業をまじめに聞いていないのかと思ったのだった。
しかし、なんといっても大学で教える初めてのことだったので、とりあえず様子をみていた。そして、授業を終わったときに、彼らがやってきて、事情を説明し、更にFMマイクを使用してくれないかと要望をいわれた。まったく聞こえないわけではなく、特別のマイクを通して補聴器で聞くとかなり理解できるのだそうだ。それで私は次回から、通常の講義用のマイクとFMマイクをふたつもって講義をすることになった。そのこと自体はたいしたことではなかった。
彼らの説明によると、聴覚障害の学生の授業にはすべて二人ずつの手話通訳をつけているということだった。今から考えるとかなりレベルの高い手話サークルだったようだ。
結局一年間そういう具合に講義が続いた。
それから現在の大学に就職したが、2000年に聴覚障害の学生が入学するまで、まったくそうしたことはなかった。その学生をNとしておこう。実はNが入学試験を受けるときに、その旨が当該学科には知らされていたのだが、合格後そのことを教員たちは忘れてしまっていた。そのために、授業体制を考えることがまったくなく時間が過ぎてしまい、私自身に関していうと、最初の授業が終わったときに、Nがやってきて、聴覚障害であることを知らせる一枚の紙を差し出したときに、初めてそのことを知った。
すっかり驚いた私は、最初の非常勤のことがあったので、すぐに手話サークルに向かった。サークルの学生たちは部室にいたので、すこし話をすることができた。彼らははっきりとではないが、聴覚障害の学生がいることを知っていたようだ。しかし、そのためにそのサークルが何かやるというようにはなっていなかった。そこで、私は彼らに対応を考えてほしいと伝え、それから学生課に向かった。もちろん学生課では事態をつかんでいたし、どうしようか考えていたので、とにかく手話対応をしてほしいと伝えた。
もちろん、すぐに有効な対応ができるなどということは考えられないので、とりあえず自分の授業をどうしようかと考えたが、自分でできることはほとんどないわけだ。
次の授業前に、学生課から連絡があって、手話通訳はその時点でのサークルの状況では無理であること、そのためにノートテイクの方向でいくということが伝えられた。
実は、それですぐにノートテイクの学生がくると思ってしまって、次の授業にNの隣に座っている学生がそうなのだと勘違いしてしまった。たぶんその学生はびっくりしたろうが、とてもよくノートテイクをやってくれた。その後もその学生が2、3回やってくれたので、今から考えると悪いことをしたものだ。まったくノートテイカーではなかったのだから。
私の方ではノートテイクがどの程度正確なものであるか、確信がなかったので、とりあえず自分で録音をとって、事後に起こして印刷したものをNに渡すことにして、ノートテイクをしてくれた学生にも渡した。お礼のつもりだったのだが、やがて、特定の学生に渡すよりも、どうせならみんなに渡したら、授業の理解を深めるのに役にたつのではないかと思い、ホームページに掲載することにしたのである。もっとも、それは学内の非公開のホームページに掲載したので一般公開ではなかった。結局Nに関しては、私の授業をとっている限りずっと録音と起こしを続けることになった。1年秋学期からは公開のホームページに掲載してある。
しかしなんといってもこの方法は、非常に手間がかかるし、誰もがやれることではない。一度自分で起こすのは大変なので、学生のボランティアを募ったところ、やってくれる人はけっこういた。そして、一度頼んだのだが、2週間ほどたってやってもってきてくれた。もちろん学生は忙しいのだし、なかなか時間がとれないなかよくやってくれたのだが、次の授業前に掲載できなければあまり意味がないので、やはり自分でやるしかないと考えた。他人の話をおこすのは非常に手間がかかるものだ。私がやる場合、自分のだから何をいったかはあまり明瞭に聞こえなくても判断できるし、余計な部分はどんどん省いてしまうことができるから、かなりの速さでできるので、やはり、学生がというより、他人がやるのは大変だと考えなおした。
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