大学教育の課題(2)
では学生は勉強をしたがっているのか。もちろん、様々な大学があり、また、様々な学生がいるきだから、単純にはいえないが、世間で言われるほど学生は遊び志向ではない。むしろ、大学に入るときには、受験勉強から解放されて、これからもしかしたら好きな勉強ができるのではないかと考えている。それがあまり熱心ではない、高校とあまり変わらない一般教養の科目を取らされて、急速に学習意欲を低下させていくというパターンが少なくない。
私の所属している学科では、10年力前から、1年生から専門科目を履修できるようにしようという提案がなされていた。しかし、旧来の教養観というべきか、一般教育科目を履修してから専門に分化していくべきだという主張によって、それが抑えられてきた。今の大学というのは、かなり性格が分化している。研究志向の大学もあるし、また、教育志向の大学もある。しかし、いずれにせよ自分が学びたいことを学べるのが大学だと思っているから、専門を学べないことは学生たちの学習意欲を著しく削ぐことになる。やっと私の学科でも新しいカリキュラムが認められると、1年生から専門科目をある程度学べるようになるが、それもまだ正式の決定ではない。
今の学生にとって、一般教養が切実な学習課題となるのは、就職活動を目の前にしてのことである。日本の就職活動においては、大学の成績が問われることはほとんどない。だから、独自の選抜を行う。ペーパー試験をやるとしたら、だいたいは特別な専門領域でなければ一般教養という範疇での試験である。だから、ペーパー試験をするような就職を望む学生たちはにわかに一般教養のための勉強を始めることになる。しかし、ほとんどの大学は一般教養科目を削減してきたし、また、履修させる場合でも、1年生に集中して学ぶ雰囲気になっているところがほとんどだろう。もし、学生が1年生から3年生にかけて専門を学び、3年4年で一般教養科目を学ぶというように、今の体制とまったく逆転させたら、ずっと勉強する学生が多くなるのではないかと思う。
尤もその場合には、既に一般教養とは何かという基本的な性質を考慮しないものになってしまうだろう。当然既に、一般教養の定義などはほとんど実際には存在しない状態で大学では教えられていると思うが。
私は心理学の強い学部に所属し、心理学系の学科にいる他専門の教師だが、心理学は一般教養にもまた専門科目にもある。もちろん、一般教養としての心理学と専門としての心理学との共通認識上での差異は存在しないと思う。個々の担当者の見解によって使い分けられることになる。
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